365日旅日記。(インド再入国編)

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365日旅日記。(インド再入国編:2012年12月22日-26日)

Day33:2012年12月22日】ぶれないインドに吠える自分

出発が30分遅れたため、デリー空港には、ちょうど30分遅れて到着した。
2度目のインド入国にもなると、だいぶ心は落ち着いている。

もう街中への出方もわかっているし、
今日泊まる宿は以前泊まったことのある宿だから、大分心に余裕があった。

初回の入国時と同様、空港でプリペイドタクシーのチケットを買う。
前回と同じ過ちは繰り返さないようチケットに記載してある目的地が問題ないことを確認した。
さぁ行こうと空港を出て、乗り場に向かうと、
これまた前回同様、人が寄ってきた。

「プリペイドタクシーね、どこまで?」
ここまで行きたいんだけど、とチケットとホテルカードを見せる。

すると、「OK、彼についてあっちに行きな」と指示された。
ここまでは全く初回と同じだった。

ただ、ここからが違った。
前回は黒のぼろい軽のワンボックスっぽかったのだけど、今回連れて行かれたのは白の新しめのセダン。

あれ、なんで今回は違うんだろう。これは白タクってやつ?と少しは頭をよぎったが、
「プリペイドのチケットで大丈夫」というから、乗ることにした。

さすがに、新しいトヨタのセダン。乗り心地はとても快適だった。
街中へ向かう道も、今日は週末だからか、前回に比べると空いている。
大分、スムーズに街の中へと向かっていった。

道中、お決まりの「インドは初めてか?」とか「どこいくんだ?」といった会話をしていると、
途中、イルミネーションめいたところにさしかったった時、
突然運転手が、「今はデリーフェスチバルの時期なんだ!」とか言い出した。

へぇ〜そうなんだ、と聞き流して、しばらく走っていると、
今度は「フェスチバルの関係で道が閉鎖されてて、道が分からない」
「フリーのインフォメーションセンターがあるからそこへ行こう」とか言い出す。

やはりどうもおかしな車に乗ってしまっていたようだ。

「祭りで閉まっている」とか良くある手口だ。
おい、ホテルに連れてけ、と繰り返し伝えたのだが、
結局、運転手は勝手にインフォメーションセンターに車を停めた。

「Incredible India」と掲げて、これまたあたかもオフィシャルっぽいが、
きっと偽物の単なる旅行代理店だろう。

IMGP7240.JPG

この時、時計を見ると、夜の10時を指していた。

自分がどこにいるかわからないし、あたりも安全そうではない。
厄介なことになった。

「ここなら道を教えてくれるから、行こう」と運転手は言う。
道わかんねーならお前勝手に聞きにいけよ、と思いつつ、
運転手が「来い」というので、嫁を車において、建物の中に入った。

建物の中は、1ヶ月前に連れていかれた旅行代理店と同じ構造だ。
ソファがあって、ブースがあって、対面式の机がある。

運転手が机の奥に座っている人に話をすると、
「よし、俺がホテルに電話して道を聞いてやる」と言って電話を始めた。

電話がつながったら、なぜか、「ほら」と言って受話器を渡されて出る羽目になった。

「xxホテルか?」と聞くと「そうだ」と言う。
名前を伝えると、「確認して5分後に折り返す」と言われた。

そもそも道を聴きたいだけなのに、
なぜ自分が電話に出させられ、その上、折り返しが必要なのか意味が分からなかった。

きっとガイドブックで見たように、全員がグルで、
「お前の部屋は取れてなかった」と言って別のホテルを予約させる詐欺の一種なのだろうが、
運転手とこの人の間でも整合性が取れていない。

よくわかんない無意味なやり取りをさせられた上に、
「まぁ座って待ちなよ」とか上から目線で言ってくるので苛っときた。

俺外で待ってるから電話きたら呼んで、と言い捨て外へ出ると、運転手もついてきた。

運転手に、お前、早くホテル連れてけよ、と言うと、
「自分は、デリーで新米の運転手だから道がわからない」とか言い出す。
「この辺りにはたくさんのホテルがあるからわからない」とか抜かす。

いい年したおやじが何を言う。

さすがに、意味の分からない言い訳にむかついた。

次の瞬間、運転手のおやじを詰めている自分がいた。
「じゃぁ地図持って来いよ、今どこだ?俺が道くらい教えてやるよ」
「何、地図持ってないの?新米なんだろ??だったら地図位持ってろよ」
「あ?祭りがあることくらいわかってんだろ、なんで空港でいわねーんだ!?」

すると眼鏡をかけたインテリ風の男が割って入ってきた。
「私たちはツーリストを助けようとしているんだ」
「このドライバーは悪くない。祭で道が閉鎖されてることは空港じゃわからない」
「君が行きたいホテルに行けないんだったら他のホテルを案内するし、
 私はあなたを助けようと思っている。まずは中で話そう。」

なんてことを言い出す。

引き続き、今度はインテリ風の男に怒りをぶつけた。
「あ?祭りがあることが空港で分からないってどういうことだ?」
「中で話そうっていうか、折り返しの電話を待ってんの。わかる?」
「ってか、そもそもお前誰だよ?」

すると彼は落ち着いた様子で答えた。
「私は観光案内所のスタッフだ」
「折り返しの電話はかかってこない、君からかけないとだめだ。」
「言ってることわかるか?」

グルなんだろうが、ホントに話に整合性がなさすぎる。
「いや、わかるわけないっしょ?全然」
「電話だって向こうが折り返すって言ったの。」
「ホテルは予約しているし既に支払いもしてるからホテルへの行き方聞いてるの」

「ってかさ、運ちゃん地図ないっていうから、
観光案内所のスタッフなら『free map』持ってきてくんない?」

そうお願いすると真面目な顔して、「free mapは昼だけで夜はない」と抜かす。
ごにょごにょ言い訳を言ってるが、何を言ってるかわからない。

もういい加減にしろ。苛立ちは募る一方だ。

地図持ってきて、今の場所だけでも教えろ、と詰めると
「君たちのガイドブックを見せてみな」と言う。

渋々見せると、コーンノートプレースの「デリー観光交通開発公社」を指す。
横に、英語で書いてある単語を見て、そこを指したのだろう。

これが向こうの手口かと思い、少し乗っかって突っ込んでみることにした。
「今ここなんだ。ってことは、横にあるマクドナルドはどこにあるの?」
「もうこんな時間だし、お腹減ったからマックにでも行きたいんだけど。どこ?」

と尋ねると、「あっちの陰だ」と少し弱々しいリアクションが返ってきた。

これで、インテリ風の男はノックアウトだ。
当然、地図通りの場所にマクドナルドがあるわけがない。
他の人に話すふりをしながら、僕たちの前からフェードアウトしていった。

運転手とこれ以上話しても拉致はあかない。

「もういい、荷物降ろしてもらっていい?自分で行くからさ。」
と言ったところ、「どうしたんだ?」と話しかけてくるインド人が登場した。

「ここに行きたいんだけど今はどこだ」と聞くと、
突如、日本語で
「この時間、夜、歩くのは危ない。運転手にはちゃんと言ったから連れて行ってくれるはずだ」と返ってきた。

少しガタイのいい100%インド人の流暢な日本語に思わずびっくりした。

このインド人を信用して大丈夫なのだろうか。
ひとまず、元のタクシーの運転手とも話がついているようだったので、
車内に戻った。

暫く進むと、見慣れた光景になり、その後、ホテルまで到着することが出来た。
当然、街中でフェスチバルなど、当然ながら見かけなかった。
ましてや、道に迷っている様子もなかった。

車から降りる際も運転手は、
「自分はラジャスターンの運転手でデリーは知らないんだ」とか、
依然として、言い訳ばっかりだった。

「デリー知らねーんだったら、なんで祭あるとか言ったんだ?あ?」

この人としてなっていない運転手にはムカついて、
プリペイドのレシートを渡さずに立ち去ろうとしたら、「レシートをくれ」と追いかけて来た。
全くお金を払うサービスではなかった。

それでも運転手はしつこくついてくる。
ホテルに迷惑もかけるのも面倒なので、最後にレシートを手渡した。

去る際に日本語で一言

「てめぇ、今後人騙そうとかするなよ」

本当に、どうしようもないインド人運転手だが、
助けてくれた人もインド人。本当に色々な人がいるものだ。

荷物だけ部屋に置き、遅めの夕食に出かけた。
1か月前に来た際に「また来るね」と約束していたホテル前のレストランに向かったが、
前回接客してくれたスタッフは既に帰っていて逢うことは出来なかった。

インド再入国をペプシとビールで乾杯した。
バターチキンカレーは相変わらず美味しかった。

夕食を終え部屋に戻ると、どっと疲れが出て、僕たちは眠りについた。

インドって本当にぶれない。

Day34:2012年12月23日】ここに来てインド初の食中り

夜中、眠気眼に横を見ると、嫁が苦しそうに腹を抱えていた。
「大丈夫?」と、問いかけるが大分辛そうにしている。

食中りの様だが、基本同じものを二人とも食べている。
思い当たるものがあるとすれば、前日嫁だけが飲んだコーラだ。

コップも綺麗そうだったし、
コーラで食中りってあまり聞かないがそれ以外は見当もつかない。

インドに滞在してこれまで一度も腹痛になってなかったのに、
まさかコーラにやられるとは伏兵だ。

まだ時刻は深夜。
昨晩の疲れからか、辛そうな嫁を横に、再び眠りの中に落ちてしまった。

朝になり、目が覚めると、嫁は相変わらず腹痛と闘っていた。
この日デリー内でホテルを変わる予定だったが、
チェックアウトギリギリまで様子を見ることにした。

その間に、今度は道に迷うまい、とホテルの場所をネットで確認する。
グーグルとトリップアドバイザーは同じ場所を指している。
この地図を頼りに行けば間違いないだろう、と地図をiPhoneに保存した。

歩いて行ける距離だったので、嫁が少し良くなったところで移動することにした。
目指すは隣のエリアにあるホテル。30分歩けば着く。はずだった。

なんとかグーグルの地図が指した場所まで辿り着いたのだが、
どうも宿泊できるような場所はその辺りにはない。

「入り口は分かりにくいところにあります」と口コミにはあったが、
分かりにくいというだけでなく、この周辺ではなさそうだった。

「人に聞いても当てにならない」インドだが、周りにネットもなければ、地図もなく、探す術はない。
嫁の体調も好ましくない中歩き回れないし、もはや人に聞くしかしょうがなかった。

「薬局ならそれなりの人が働いているしまだ安心」と聞いていたので、
薬局を探し、住所を頼りに場所を聞いてみることにした。

薬局で言われた方向に向かうとホテル群が見えてきた。
ここら辺にあるのではと思うが、見当たらない。
ホテルの人が勧誘してくるが、もう泊まる場所は決まっている。
勧誘を振り切り、図々しくもwi-fiだけ借りた。

他のサイトを調べてみると、どれもまた別の場所を指す。
これは困った。

いくつかのサイトを見ながら目星を付け、再出発をしたが、
やはりその場所にもホテルのようなものはなかった。

「そっちじゃない、こっちだ」と声をかけてくる人もいるが、
客引きが殆どで誰を信用していいかわからない。

リキシャに乗るほどの距離でもなければ、
彼らこそ違うところに連れて行きそうだ。

声をかけてくる人と適度に距離を保ちながら、
迷い始めて1時間程歩き回った頃にやっと住所と同じブロックを見つけた。

ブロック内を歩き回り、何とか無事に着くことが出来た。
目当てのホテルは本当に分かりにくいところにあった。

▼iPhoneで調べた場所(赤ピ・ン青線)と、実際の場所(青ピン)
india_delhi

体調芳しくない中、重いバックパックを背負って歩き回ったこともあり、
この日は、宿の中でゆっくりと時間を過ごした。

Day35:2012年12月24日】本物&偽物旅行代理店めぐり

朝起きると、嫁の体調は回復したようだった。
ペプシによるものかは定かではないが、インド再入国の洗礼だった。

この日はクリスマスイブ。
とは言っても、ヒンドゥー教とイスラム教が大半を占めるインドにおいて、
街中でのクリスマスムードはほんの一かけらだった。

前回のデリーで見逃したレッド・フォードを見たかったが、この日は定休日の様だった。
そこで、友達の友達がtwitterで紹介してくれた店にランチでもしようかと、
コーンノートプレースまで散歩することにした。

排気ガスと埃で大気汚染のひどい道路を歩くこと1時間程でコーンノートプレースに到着した。
コーンノートプレースは円形になっている街の中心部だが、
端から端まで埃でよく見えないことが大気汚染のひどさを物語っていた。

ネットで調べるとお目当ての店はコーンノートプレースの内側にあるというので、
一番内側を一周してみたのだが、またもや見付けられなかった。

なんとも情報に翻弄されている。

しょうがないので、一昨日連れて行かれた偽の旅行代理店を探しながら、
コーンノートプレースを散歩することにした。

歩いてみると、あちこちに旅行代理店がある。

普通の旅行代理店があたかも政府の観光案内所のように振る舞っているし、
客引きのインド人が「ここは政府観光だから大丈夫だ」と寄ってくる。

暫く歩いていると、一昨日連れて行かれた偽の旅行代理店を見付けた。

当然、眼鏡野郎が「ここだ」と地図で指差した場所ではなく、
そこから1ブロック離れたところにその代理店はあった。

何とも紛らわしい立地だが、
暗くて周りが見えな時に騙そうとするなんて、やり方が汚い。

せっかくなので、公式の観光案内所も尋ねてみた。
しっかりした門構えに、中も広々としており、偽物とはだいぶ違っていた。

特に用もなかったのだが、
目指していたお店の場所を聞いてみると、親切に教えてくれた。

やっとのことで辿り着けたお店で名物のマサラドーサを頼んだ。

サトナの駅で見かけて以来、気になっていた食べ物に、
遂にお目にかかることが出来た。

IMGP1191.JPG

なんであの時ピザが出てきたのか未だに謎だが、
本物のマサラドーサは中々に美味しかった。

これなら、日本でもやっていける気がする。

食べ終わった後、引き続きコーンノートプレースを散歩し、
無駄に3カ所ある公式の観光案内所の位置を確認した。

残り2つは、若干さびれた感じで、
特に1つは偽物の政府観光案内所と大して変わらない門構えだった。

暫くは偽物の政府観光案内所問題は解決しないのだろう。

昼間から道に溜まり、
観光客をひっかける暇そうなインド人の多さにそう思いながら、
コーンノートプレースを後にした。

Day36:2012年12月25日】クリスマスだからタンドリーチキンを!

クリスマス。
とはいえ、当然昨日同様、クリスマスムードは殆どない。

デリー最後となるこの日、僕たちはレッド・フォードへと向かった。
レッド・フォードの入り口でチケットを買い、
セキュリティチェックのゲートをくぐり城内に入った。

IMGP1246.JPG

今となってはどうでもいいのだが、最初、デリーに降り立ったとき、
「チケットは入り口では買えない」とオートリキシャの運転手に言われたが、
もちろん、そんなことはなかった。

インド人は嘘つきで、悪い人なのか。

前向きに考えるなら、彼らは別に『嘘』をついているのではなく、
基本「自分に都合のいいことを言う」だけだから、悪気はないのかもしれない。

言葉をそのまま受け止めてしまうのが良くないのだ。
その分咀嚼して、理解しなくてはならない。

レッド・フォードの場内を一通り散策したのち、
僕たちは昼ご飯を食べるため、通りに出た。

「クリスマスだし、せっかくだから少しでもクリスマスムードを」ということで、
未だインドに入り、口にしていなかったタンドリーチキンを目指すことにした。

昨日のお店同様、友達の友達のお勧めのお店「Moti Mahal」。
今度はさらに多くの地図を調べ場所を特定していたため、迷わずに着くことが出来た。

「老舗」で「有名店」だとgoogle先生が教えてくれていたが、
広い店内に客は僕たちを除くと1人だけだった。

本当にここでいいのだろうか、と少し心配になったが、
google先生が教えてくれた通り、
「Moti Mahalはインドでここだけ」とメニューに書いてあるので間違いないだろう。

IMGP1299.JPG

注文するとしばらくしてタンドリーチキンが出てきた。
この店はタンドリー料理が有名とのことだったが、確かに間違いない味だった。

外はカリッとしてるけど、中はジューシー。
今まで食べた中で一番おいしいタンドリーチキンだった。

IMGP1302.JPG

お客様が少ないのは、
少し時間がずれていたことと、クリスマスということと、
フィンガーボールが出てくる位他より少し高い値段設定だということが理由だろう。

しばしのささやかなクリスマス気分を味わった後、
再びインドの喧騒の街に戻った。

宿まで歩いている途中に、コーンノートプレースを通り、
一番最初に連れて行かれた旅行代理店を発見した。

いっそのこと、お金返せ、と押し入ってやろうかと思ったが、
インドを去る前日に無駄な体力を使うのも勿体ない気がして素通りした。

これだから旅行客が舐められてしまうのだと後ろ髪引かれる思いだったが。

僕たちのインド旅行も終わりが近づいていた。

Day37:2012年12月26日】インドの〆はトリップアドバイザーやらせ事件

インド最終日。
フライトは夜だったため、朝はゆっくり宿で過ごした。

チェックアウトをしようとすると、
「トリップアドバイザーを知っているか」と宿の人に聞かれた。

トリップアドバイザーとは、旅の口コミ掲示板で、
宿やレストランが評価の対象となり点数付けされている。
言うなれば食べログの全世界旅行版のサイトである。

知ってるよ、と答えると、
「是非うちの宿について書いてくれ」と言われた。

ここまでは、まだ良かった。

分かった分かった、どっかで書いておくよ、と社交辞令的に済ませようとすると、
少し強い目力で「そこにPCがあるから、今書いて欲しい」と迫ってきた。

「お茶おごるよ。何飲みたい?」と飴も忘れない。

朝に、宿のwifiはサーバーダウンで使えないと言われていたことを思い出した。
ネット、使えないんじゃない?と返すと、「あのPCは使えるから平気だ」と言う。

それなら、宿泊者のネットも使えるようにして欲しい。

やらされ感があまり好きになれず、
とりあえずランチに行ってくる、と言いその場を去ることにした。

「トリップアドバイザーに書き込みお願いします」と言う貼り紙は良く見るのだが、
ここまで直接的にその場で迫られたのは初めてだった。

全世界相当数の口コミが集まっており参考になるサイトではあるが、
中にはこうした背景のある口コミがあることも考慮しなくてはならない。
逆に、宿泊者が交渉の条件として使うこともあるだろう。

いずれ、そうした宿は暴露されて淘汰されていくだろうから、
大きな問題ではないと思うが、口コミサイトの難しさを痛感した。

昼ご飯を食べて宿に戻ると、宿の人のトーンも少し落ちていた。
僕たちの嫌悪感が伝わったのだろう。

フライトまでは時間があったが、飛行機の時間があるので、と伝え、
結局口コミの投稿はしないまま、宿を後にし、
香港に飛び立つため空港へと向かった。

インドは最初から最後まで新鮮な印象を僕たちに与え続けた。